法務のニューノーマルな働き方とは?

1.新型コロナウィルスがもたらした労働環境の変化 

新型コロナウィルスの感染拡大を抑止すべく、緊急事態宣言が出された。その前後から、日本中でリモートワークの導入が急速に進んだ。これによって日本の労働環境は激変したと言ってもいい。この変化は一過性のものだろうか、それとも日本の労働環境が大きく変わっていく契機となるのだろうか。

もちろん、全てリモートワークになれば良いという単純な話ではない。空間としての「職場」の意義は失われていない。一定の目的を達成するために他人と「職場」という空間を共にすることは効率的だ。なぜなら、我々は言語でコミュニケーションするからだ。また、建物建築、舞台芸術、外科手術、スタジオ収録など、特殊な機材を必要としたり身体的な共同作業を伴うような場合には、「職場」を共にする必要性はより大きいといえるだろう。

それでも、現在の労働環境の変化が一過性のものではないと考える理由の一つは、意外にもリモートワークが「出来てしまった」ことにある。この経験は、日本の労働環境が変わる契機となり得る出来事に思える。

東京圏への過度な人口集中の是正がもたらす利益は、当然だが、ウィルス感染拡大の防止(いわゆる「3密」の回避)だけではない。新型コロナウィルスの流行は一日も早く収束することを心から願うが、通勤ラッシュの満員電車に乗る毎日に戻りたいと思っている人は恐らくほとんどいないはずだ。

2.求められる新しい働き方への対応

(1)働き方の制限をなくすテクノロジー

リモートワークが「出来てしまった」理由は、言うまでもない。インターネット環境が整備され、さらにリモートワークを可能にするデバイスとサービスがあったからだ。時間や場所に縛られな「デジタルワークプレイスの構築に必要なテクノロジーは既に存在している。仕事に必要なコミュニケーションは、全てではないが、ある程度はメールとビデオ会議によって代替可能だ。

身体的な共同作業が必要な場合も、将来的には、ロボットの普及によって労働環境が変化する職種も出てくるだろう。ロボット手術などは、その一例だろう。

(2)法務人材の需要の高まり

では、企業の法務はどのように変化するだろうか。本論に入る前に、近年における日本企業の法務部門の変化について概観しておこう。

経営法友会と公益社団法人商事法務研究会が5年ごとに実施している「法務部門実態調査」によれば、企業の法務担当者の人員数は一貫して増加傾向にあり、2015年の調査では総員7749名、法務部門の平均人員8.8名という結果が出ており、その5年前の2010年の調査と比較すると総員で500名以上、法務部門の平均人員では1.1名の増加であった。また、企業内弁護士(インハウスローヤー)の加速度的な増加も指摘されている。日本組織内弁護士協会(JILA)の統計によれば、2001年には全国で66人しかいなかった企業内弁護士は、2019年には2418人に増加した。法務人材の需要は、恐らく着実に増えていくことが予想される。

法務人材に期待されていることは、コンプライアンスの向上、法的リスクの回避、交渉力など様々だろうが、あえて要約すれば、「法律知識を活用したコミュニケーション」だと考えられる。現状、デジタルワークプレイスにおいて法務人材の能力を十分に引き出すために乗り越えなければならない課題は、大まかに、①円滑なコミュニケーションの実現、②データベースへのアクセスとセキュリティの確保、③労務管理の3点に整理できそうだ。もちろん、これらは法務人材に限った話では全くない。

(3)新しい働き方を実現するための課題

①円滑なコミュニケーションの実現

企業間の交渉において、「リモートワークになっているため、法務担当者とのコミュニケーションが円滑でなく、社内の調整に時間がかかる」という相手方企業の言い訳に接したことがある。さすがにこういった言い訳を対外的に使えるのは今だけだろう。

とはいえ、確かに、現状ではコミュニケーションの阻害要因はありそうだ。例えば、仕事に適した環境を自宅に作ることができていないような場合だ。仕事スペースの確保、十分なスペックの機器の設置、同居の親族の存在など、リモートワークの定着を図る場合には検討事項になると思われる。仕事スペースのことだけを言えば、東京圏を離れた方が解決しやいのかもしれない。法務担当者による「法律知識を活用したコミュニケーション」は、社内外を問わず行われるものであり、その円滑化は法務の業務効率に直結する課題といえる。

そのほかにも、契約稟議のシステム化、電子契約サービスの導入などが検討事項になりそうだ。私個人は、電子契約サービスで締結された契約書を裁判所に証拠として提出したことは一度もない。しかし、裁判手続のIT化も進められており、そう遠くない未来に起こり得ることだとは思う。

②データベースへのアクセスとセキュリティの確保

契約書の作成やチェックに際しては、社内で共有されている書式だけでなく、過去の契約例なども参照したいと思うことは少なくない。リサーチに必要な資料へのアクセスも確保されている必要がある。しかし、現状では、セキュリティの問題で、社内のデータベースなどへのアクセスが十分に確保されていない場合があるようだ。

法務人材に求められる法律知識は、その会社に特有な事情や過去の経緯なども踏まえた「活きた法律知識」であるから、この点は改善が必要だろう。

③労務管理

最後に労務管理の問題だが、現状ではメールなどで勤怠管理が行われているようだ。勤怠管理システムを導入しているような会社では、社外からもシステムにアクセスできるようにしている例もある。

しかし、時間や場所に縛られないニューノーマルな働き方を目指す場合には、そもそも労働時間による労務管理を見直す必要があるようにも思われる。これは、労働法にも関わる問題であり、先に触れた2点とは少し次元が違う話ではある。これまで「労働」というものを考えるときには、一定の時間的・場所的拘束があることは重要な目印の一つとされてきたが、パラダイムシフトが必要なのかもしれない。

3.おわりに

新しい働き方を実践するために必要なテクノロジーは既に存在する。幾つかの課題はあるが、働き方が大きく変わっても法務人材の能力を十分に引き出し、企業価値の向上を目指すことは恐らく可能だ。むしろ問題は、一人一人がどのような「仕事」と「生活」の空間を形作っていくことを望むかということにある。各人の選択が都市空間や地域社会の在り方にも影響する。我々はその岐路に立っているのかもしれない。

この記事を書いた人
弁護士(弁護士法人御堂筋法律事務所東京事務所)
東京大学法学部卒、東京大学法科大学院修了。2015年に弁護士登録(東京弁護士会)。2020年~2021年放送番組制作会社に出向。著書に「エンタテインメント法実務」(弘文堂、共著)、「わかって使える商標法」(太田出版、共著)、「Q&A引用・転載の実務と著作権法〔第4版〕」(中央経済社、共著)ほか。