企業は、社外に知られたくない「秘密」を持っているものである。不祥事の隠蔽のような「秘密」であれば、むしろ内部告発等で社外に知られて表沙汰になった方が良い場合もあろう。しかし、技術情報や顧客情報のように、競争力の維持という企業にとって正当な目的から「秘密」とされている情報もある。このような情報のことを「営業秘密」という。
営業秘密が法律により保護されるためには、その情報が秘密として管理されていることが必要である(不正競争防止法2条6項)。すなわち、適切に管理せず、情報の開示・漏洩が行われているようでは、営業秘密は法律上の保護を失うのである。
秘密保持契約は、このような営業秘密を秘密として管理するために締結する契約のことである。
人の口に戸は立てられない。情報というものは容易に漏洩する性質を持っている。しかも、一度漏洩してしまうと、不可逆的に拡散する可能性が高い。「覆水盆に返らず」である。ゆえに、社内で管理する場合でも、営業秘密は厳重に管理しなければならない。
しかし、ビジネスを進めるために、営業秘密を取引先と共有することが必要な場合がある。また、そもそもビジネスを始めるかどうかを検討するために、営業秘密を開示しなければ始まらないということもある。そこで、新規の取引先とビジネスの話をするようなときには、最初に秘密保持契約を締結する実務が定着している。
実際、取引先は、主な情報漏洩ルートの一つといわれている(平成29年3月17日付IPA「企業における営業秘密管理に関する実態調査」調査報告書9頁)。営業秘密を開示してビジネスを始めるような場面では、秘密保持契約を締結して、営業秘密の漏洩防止に努めるべきである。
このように、秘密保持契約を締結する目的は、営業秘密の漏洩防止を図りながら、ビジネスを前に進めることにある。
どのようなビジネスを行う目的で、その秘密保持契約を締結するのか。これは、秘密保持契約書の頭書きか第1条に書かれることが多い。まずは、契約の目的に関する記載が、その取引先との間で計画しているビジネスの内容を正しく規定しているかをチェックしよう。
ある取引を始める目的で秘密保持契約を締結する場合、その取引の内容を具体的に規定していることが望ましい。あるいは、取引に始めることがまだ決まっていない段階で、その取引を始めるかどうかを検討する目的で締結する場合も、その旨を規定しておく。
秘密保持契約書において契約の目的を規定する意義は、相手方に開示した秘密情報を目的外で使用させないことにある。目的外で使用させないためには、そもそも何の目的で秘密情報を開示するのかを契約書に明記しておく必要がある。
情報を開示する側にとっては、秘密情報の範囲は広く網羅的である方が有利である。他方、情報を受領する側にとっては、秘密情報の範囲は狭く限定的である方が有利である。
「文書、口頭を問わず、○○に関連して開示された一切の情報」といった具合に、秘密情報の範囲が網羅的に規定されていると、情報を受領する側は、相手方から受領した情報の全てを適切に管理しなければならなくなる。また、情報を受領する側からすると、どれが秘密情報で、どれがそうでないのかが不明確になるという問題もある。
こうした問題に対して、情報を受領する側では、契約書において主に次の2つの対応がとられることが多いかと思う。
1つは、秘密情報の範囲を、開示に際して秘密である旨が明示された情報に限定する方法である。秘密である旨の明示として典型的な例は、㊙マークが押された文書である。また、口頭で開示された情報については、例えば、開示後30日以内に文書で特定された情報だけを秘密情報と扱うといった方法がある。
もう1つは、開示の時点で既に公知になっている情報や開示後に適法なルートで入手した情報などを除外する規定を設けることである。すなわち、秘密情報の例外に当たるパターンを列挙することで、秘密情報の範囲を限定する方法である。
企業であれば、ビジネスを進めるために、一定の範囲の役員や従業員の間で秘密情報を共有する必要がある。また、ビジネスの内容によっては、親会社・関連会社や再委託先などにも秘密情報を共有する必要がある。情報を開示する側としては、秘密情報が共有される範囲を制限して、その範囲には秘密保持義務を負わせることが望ましい。すなわち、契約書において、秘密保持義務を負う人的範囲を適切に規定するということである。
他方、情報を受領する側としては、必要な範囲で秘密情報を共有できるようにしておくことのほか、法令等に基づいて公的機関から秘密情報の開示を求められた場合には、これに応じられる旨を規定しておくといったことが考えられる。すなわち、法令等に基づく開示は秘密保持義務の対象外とする規定である。情報を開示する側としては、このような規定を相手方から求められた場合には、例えば、公的機関に開示される範囲が必要最小限となるように限定したり、公的機関への開示がなされたときには相手方から通知を受けられるようにしておくといった対応が考えられる。
秘密保持義務が存続する期間の定め方は、契約書によって様々である。
一般的な契約の有効期間の定め方と同じく、秘密保持契約の有効期間を定めたうえで自動更新条項を置く例は、比較的よく見かける定め方である。もっとも、取引を始めるかどうかを検討する目的で秘密保持契約を締結する場合には、その検討に必要な期間を定め、自動更新条項は置かないのが自然かと思う。また、契約終了後も何年間かは秘密保持義務が存続する旨を規定している例も多い。前述した秘密情報の例外パターンに該当して秘密性を喪失するまで存続すると規定している例もある。
開示する情報の内容に応じて、秘密保持義務が存続する期間を調整するのが良いだろう。
コピー機の普及により、相手方に開示した秘密情報は簡単に複製される。データで秘密情報を渡す場合には、なおさらである。複製が出回っては困る情報については、紙で渡すようにして、それを複製する場合には事前の許可が必要である旨を契約書に規定しておくといった対応が考えられる。
また、契約が終了した場合や相手方に要求したときには、秘密情報を破棄または返還してもらえるように定めている契約書も多い。その際、秘密情報の複製を認めるならば、その複製物についても破棄または返還を要求できるようにしておいた方が安全であろう。