「脱はんこ」に向けた議論が高まっている昨今。
しかしそんな中でも、本人認証の役割を果たす「印鑑証明制度」すなわち、いわゆる「実印」はまだまだ必要です。
市町村役場に届け出をする個人の「印鑑証明制度」は身近だと思いますが、法人格に関しても、登記申請時に「印鑑届出」が必要です。
今回の記事ではビジネスパーソンに向けて、法人が登記所(法務局)に「実印」を登録する「印鑑届出制度」について解説します。
商業登記法 第二十条では、登記の際の印鑑について以下のように定めています。
(印鑑の提出)
商業登記法|e-Gov法令検索
第二十条 登記の申請書に押印すべき者は、あらかじめ、その印鑑を登記所に提出しなければならない。改印したときも、同様とする。
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=338AC0000000125
つまり、会社設立時の登記申請書類には押印が必要であり、なおかつ、その印鑑は登記所に提出をしなければならない、というものです。
これは、個人による地方自治体窓口での「印鑑登録」(実印)とは別途定められており、いわば法人格にとっての「実印」といった位置づけです。
このような「印鑑登録」(実印)にまつわる制度は、いつからあるのでしょうか?
それは、明治時代にまで遡ります。
明治4年の太政官布告において「約定書に用いるはんこは実印とし、身元を地域の有力者に申し出る必要がある。有力者の手元においてはその申し出をひとまとめにしておき、いつでも引き合わせができるようにしておくこと」といった旨が定められました。
その後、「印鑑帳」取りまとめに関する事務は行政機関とへ引き継がれ、その後も行政において国民の印影を取りまとめ置くことが定められました。
これが個人の「印鑑登録」(実印)」制度の始まりです。
そして、この「印鑑登録」(実印)制度の考え方は個人のみならず、法人格にも適用されているのです。
その目的・機能は、以下の3つの点です。
(1) 会社としての登記申請意思の確認
設立後も、目的変更・増資等の登記申請書には、登記所届出印を押印する必要がある。なお、個人の実印では会社としての意思が確認できない。
(2)添付書面の軽減
取締役会議事録等に登記所届出印を押印すると、取締役・監査役の個人の印鑑証明書が添付不要になる。
(3)印鑑証明書の発行
会社の取引の便宜を図る。
参考:印鑑届出制度について|首相官邸
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/hojinsetsuritsu/dai2/siryou4-2.pdf
登記所に一度、法人印を印鑑登録すると、個人の場合と同じようにその後は「印鑑証明書」を取得して、取引に活用できます。
法人の印鑑証明書の取得方法は、以下の通りです。
誰が:
印鑑を登記所に提出している人(会社の代表者等)
どこへ:
登記所(登記申請をした法務局窓口)
どのように:
所定の申請書に
(1)会社の商号・本店(法人の名称・事務所)、印鑑提出者の資格・氏名・出生年月日及び印鑑カード番号を記載
(2)所定の手数料額に相当する収入印紙(登記印紙も使用可能)を貼付
上記(1)(2)に「印鑑カード」を添えて、登記所の窓口に提出する。
手数料は:
1通あたり450円
オンライン請求・窓口交付の場合は1通あたり430円
代理人による請求は可能か:
「印鑑カード」があれば、代理人による請求も可能です。
郵送による請求は可能か:
郵便で印鑑証明書の交付を請求することもできます。
返信用の封筒・郵便切手が必要です。
その場合でも、「印鑑カード」の提出が必要です。
オンライン申請は可能か:
可能です。
詳細はこちらの記事をご覧ください。
▼オンライン登記申請のメリット、申請方法、事前に留意すべき制約事項も解説
https://digitalworkstylecollege.jp/news/onlinetoki/
「印鑑カード」とは何か:
「印鑑証明書」の交付請求をするには、事前に「印鑑カード」の交付を受ける必要があります。
この「印鑑カード」の交付請求には、所定の申請書を作成し、登記所に提出している印鑑を押印して、登記所の窓口に提出します。
代理人によって申請するときは、「委任状」の添付が必要になります。
▼各申請書は、登記所窓口に設置、あるいは、法務局ホームページから取得することができます。
http://houmukyoku.moj.go.jp/homu/COMMERCE_11-2.html
参考:会社・法人の登記事項証明書等を請求される方へ|法務省
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji11.html
一度登記所に届け出をした「法人印(実印)」を変更(これを「改印」と言います)したいときは、どのような手続きを踏めば良いのでしょうか?
その方法は、以下の4点を登記所に持参します。
(1)「改印届書」の書面
(2)新たに届ける印鑑
(3)印鑑届出者(代表取締役等)個人の実印
(4)その個人の実印についての市区町村発行の印鑑証明書(3か月以内のもの)
また、印鑑届出者(代表取締役等)の登記簿上の住所と改印届書に添付する市区町村発行の印鑑証明書上の住所が異なっている場合には、印鑑届出者(代表取締役等)の住所変更の登記申請を事前もしくは同時にする必要があります。
改印手続きについては手数料等は不要です。
しかし、住所変更の登記申請をする場合には、所定の登録免許税が必要です。
法人の「印鑑カード」を紛失・破損し、再発行したい場合にはどうすれば良いのでしょうか。
その場合は、紛失・破損したカードについての「印鑑カード廃止届書」そして、新たにカードを発行するための「印鑑カード交付申請書」を登記所(※自社の本店の所在場所を管轄する登記所に限ります)に提出する必要があります。登記所に提出している「届出印」も添えてください。
代理人が手続きを行う場合は、「印鑑カード廃止届書」および「印鑑カード交付申請書」の委任状の欄に必要事項(代表取締役の生年月日など)を記載し、登記所への「届出印」を押印する必要があります。
また、「印鑑カード廃止手続」には、本人・代理人いずれの場合でも本人確認書類が必要です。運転免許証など、本人確認できるものを持っていきましょう。
参考:商業・法人登記に関する“よくある質問”|東京法務局
http://houmukyoku.moj.go.jp/tokyo/static/kaisyahou-qanda.html#04
「脱はんこ」が叫ばれ、「民から官への行政手続きにおいて、本人認証の役割を果たさない認印は全て廃止」と言われている昨今。
しかし、この記事で述べたように「法人の実印」に関してはまだまだ当面、「はんこ」の運用が必要です。
しかしその一方で首相官邸では、この制度に関する見直しも進んでいます。
例えば、今後は「印鑑をPDFなど、オンラインで提出できるようにする」という可能性について議論されています。
ただし、PDF化の際に印影が多少縮小されたり、 薄くなる場合があったり、 システム上、印影の同一性を確保する工夫が必要、などといった検討が行われています。
そして、印鑑提出を「選択的に」する方策も議論されています。これはすなわち、会社設立に際し、「登記所に印鑑を提出するか」「商業登記電子証明書を取得するか」を選択制とする構想です。
ただしその場合に、「電子証明書」を選択する会社がどれぐらいの割合になりそうか?など、議論が重ねられているようです。
いずれにしても、法人格の「印鑑登録」についてもオンライン提出、あるいは、脱はんこに向けた検討が重ねられている最中であり、今後はますます「脱はんこ」が進むことが予測されます。
参考:印鑑届出制度について|首相官邸
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/hojinsetsuritsu/dai2/siryou4-2.pdf