企業の総務・経理・法務担当者で、自社でもテレワークを推進したいが、「紙の書類への押印」というところでハードルを感じて出社を余儀なくされている場面もまだまだ多いのではないでしょうか。しかしその一方で、サントリーや東北大学といった大企業では「脱・はんこ宣言」を次々と表明しています。
「うちでも『脱・はんこ』したいけど、まだまだ無理だな……」と諦める前に、今回の記事では社内の押印廃止を推進する上での具体的なヒントをまとめてお伝えします。ぜひ、参考にしてみてください。
職場の「カイゼン」を検討する上でのフレームワークとして、「5W1H」あるいは「5W2H」というものがあります。
これは、社内で掲げる計画・目標を「いつ(When)、どこで(Where)、誰が(Who)、何を(What)、どうする(How)、なぜ(Why)、いくら・いくつ(How much,How many)」という7つの項目にブレイクダウンし、計画づくりの基礎となるフレームワークです。
「脱・はんこ」は今や国内の多くの企業にとって「カイゼン」の大テーマの一つになりつつあります。
[図1]は、「脱・はんこ」という目標を、5W2Hのフレームワークにまとめて洗い出したものです。
社内文書の押印が、総務・経理・法務担当者にとってテレワーク推進の上でのボトルネックになっている、という前提で各項目を書き出した図表となっています。
業務でボトルネックを感じたときこそ、「カイゼン」を図り、問題解決をして前に進む好機です。
そこで今回の記事では、このフレームワークに沿って「脱・はんこ」への実現の道を探っていきます。
参考:5W2H(5W1H)とは|KAIZEN BASE
https://www.kaizen-base.com/contents/kall-42428/
「6割以上が押印のためにやむなく出社!『脱・はんこ』ケーススタディ」でもお伝えした通り、テレワーク実施期間中に半数以上のビジネスパーソンが紙の書類への押印のためだけに、やむなく出社を余儀なくされた、という実態がデータから明らかになっています。
特に、請求書、経費清算、各種社内申請書など紙の証憑を取り扱う事が多い総務・経理担当者はひと口に「テレワーク推進」といっても、限界を感じているところが少なくないのではないでしょうか。
このボトルネックを解決するためには
・紙の証憑を電子化する、ペーパーレス化する
・押印を省略するか、それに代わるもの(電子署名・電子印鑑など)を導入する
が具体的な解決策となってきます。
参考:経理のテレワークの実態とテレワークの進め方|Digital Workstyle College
https://digitalworkstylecollege.jp/column/accounting-work-telework/
会社で物品・サービスの購入の際、権限の高い人に向けて順に回される「稟議書」。
また、一社員が物品の立替購入をしたり、出張旅費の清算の際に領収書・レシートなどを同じく権限の高い人に向けて回す「経費精算」も同様のワークフローとなります。
[図2]は従来通りの「紙のワークフロー」を例に図解したものです。
まず、どこの会社でも、社内の申請書類は数々のフォーマットがあることでしょう。ここで申請者は「どの申請フォームを使えば……?」と迷ってしまうことも。そして、無事に申請を上げたとしても、次々に承認を回していく中で「次は、誰に回せば……?」「〇〇さんのハンコ待ちなんだけど、外出しているのか社内で捕まらない」とドタバタしてしまう場面もありがちです。そして決裁者は、他の仕事で忙しくしている間に決裁書類が山のように積みあがってしまうことも少なくないでしょう。無事に決裁が通った後は、結果の入力や、書類の整理・ファイリング・保管の煩わしさも待っています。
こうしてみると、「書類+はんこ文化」はテレワーク阻害という観点だけでなく、他の側面でも働く人の隙間時間を「塵も積もれば山となる」でどんどん奪っていることが伺えます。
一方、これを例えば「グループウェア」「ワークフローシステム」などのシステム導入によってペーパーレス化したらどうなるでしょうか。
まず申請者は、システム内の所定の申請フォームで申請を上げます。承認依頼はメールなどのアラートとともに届き、承認者、決裁者と次々にシステム上で「承認」処理をすることで「誰が」「いつ」承認したのか証拠が残り、押印の代わりになります。決裁まで進んだ申請データは、自動的に社内のサーバーやデータベース、クラウドなどに保管されます。
この一連のフローは、所定のシステムに接続さえできれば在宅でも完結します。紙のワークフローのように、承認者・決裁者を探して捕まえたり、決裁後のデータを整理して保管する煩わしさもありません。
社内の脱・はんこには「グループウェア」「ワークフローシステム」を導入することが一つの有力な選択肢になり得る、と言えそうです。
参考:稟議書の電子化とは?メリットや注意点もご紹介!|ITトレンド
https://it-trend.jp/workflow/article/29-0023
参考:稟議とは?決裁との違い | 稟議書作成・承認まで仕組み化できるワークフローシステムも|ボクシルマガジン
https://boxil.jp/mag/a83/
こういった細かな電子帳票に関しても、「受発注システム」「ペーパーレス電子帳票ソリューション」といった数々のサービスが存在します。特に点検表、チェックリストなどはPC入力だけでなく、タブレット端末に対応したものもあります。社内で日々、膨大に発生するであろう伝票や点検票。これらの電子化も、今やクラウドで完結するソリューションが多々、登場しているのです。
株式会社における取締役会議事録は「法定議事録」であると、法律により定められています。
(会社法第369条第3項及び第4項)
取締役会の議事については、法務省令で定めるところにより議事録を作成しなければならない。・議事録が書面で作成されている場合は、出席した取締役及び監査役が署名又は記名捺印 ※電磁的記録で作成されている場合は、署名又は記名捺印に代わる措置”
株式会社における取締役会の議事録について|内閣官房ホームページ
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gijiroku/sagyou2/2siryou2.pdf
2020年5月31日の日本経済新聞では「取締役会の議事録承認、クラウドで電子署名 法務省が容認」との報道があり、「紙+はんこ」ではなく「電子署名」を認める動きが始まっています。
「電子署名」の活用シーンについては、以前にこちらの記事(https://digitalworkstylecollege.jp/explanation/electronic-signature/)でも詳しくご紹介しています。
「電子署名」とは法的根拠を以て署名者の真正性を担保できる仕組みであり、「法定議事録」にも導入可能です。
リモートで対応している取締役・社外取締役が多い企業には特にメリットがあると言えるでしょう。役員どうしの移動時間、移動経費など大幅な節約が可能になります。
参考:取締役会の議事録承認、クラウドで電子署名 法務省が容認|日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59800350Q0A530C2MM8000/
社内のワークフローをペーパーレス化すると言っても、そのスキームにはいくつかの選択肢が存在します。
ここからは、それぞれのメリット及びデメリットについて比較表とともに見ていきましょう。
稟議書や経費精算、社内伝票、チェックリストといった社内文書について、いわゆる「電子決裁システム」と広義に呼ばれているシステムを導入する方法です。
・メリット
前述の通り、ワークフローを電子化することにより、紙のワークフローに付随する煩雑さを解消できます。業務効率化でき、紙の管理・保管コストカットを目指すことができます。
現時点で日本国内だけでも数多くのサービスが存在し、選択肢も豊富です。
・デメリット
導入コスト、及び月々の運用コストがかかります。
同じサービス事業者でも、契約する企業規模によって提供されているプランが異なる場合もあるようです。
電子署名の導入は、①(グループウェアやワークフローシステムの導入)と比べて、社外取引にも活用範囲が広がります。
・メリット
社内では、稟議書、従業員への定期的な教育記録、営業日報、及び、取締役会議事録などに付与できます。
承認者、および承認された情報が第三者に改ざんされていないことを法的に証明できるのが「電子署名」の最大のメリットです。
医療現場では、電子カルテにも付与可能です。
請求書や契約書、IR文書など社外文書にも幅広く活用できます。
・デメリット
「電子署名」を運用するためのソフトウェアには複数のサービスが存在します。それらは、互いに互換性があるとは限りません。そのため、社外取引に活用する際には、導入時に取引先とアプリケーションを合わせる、互換性を確認する、といったことも必要になります。
「電子印鑑(デジタル印鑑)」は、もっとも簡便に導入・運用できるソリューションです。
・メリット
はんこの印影をデジタルデータ化。簡易的な「認印」のような感覚で利用可能です。このデジタル印影は、無料で生成できるツールも複数、存在します。
アプリケーションの種類によっては、タイムスタンプを付与したり、パソコンのログイン情報と紐づけたり、よりセキュリティの高いサービスも選択可能です。
・デメリット
法的根拠を持たない、つまり「誰が押したか」を裏付ける根拠がないものなので、あくまで社内的な「認印」の感覚での利用に留めるのが良いでしょう。いわゆる「実印」の代替として活用することはできません。
参考:サイボウズOffice
https://office.cybozu.co.jp/lp/groupware/
参考:無料の電子印鑑(デジタル印鑑)ツール4選との作り方を解説|ferret
https://ferret-plus.com/5866
脱・はんこ文化。「eシール」国が検討開始|Digital Workstyle College
https://digitalworkstylecollege.jp/news/electronic-seal/
社内のペーパーレス化に寄与する「電子署名」|Digital Workstyle College
https://digitalworkstylecollege.jp/explanation/electronic-signature/
電子証明書の用途と活用事例|電子認証局会議
http://www.c-a-c.jp/case/index.html
前項で、ペーパーレス化導入に踏み切るにはいずれにせよ導入コスト、運用コストがある程度はかかることについて述べました。
「ペーパーレス化すること自体に費用がかかるなら、導入を躊躇していまう……」という企業も存在するかもしれません。
その一方で、本メディアは、「テレワークの課題を解決していくことが、新しい常識を作るきっかけに」という観点も提唱しています。
参考:テレワークの課題を解決していくことが、新しい常識を作るきっかけに|Digital Workstyle College
https://digitalworkstylecollege.jp/report/20200417telework02/
この記事の冒頭でも述べましたが、業務でハードルを感じた時こそが「カイゼン」の絶好のチャンスです。「はんこのためだけに出社、もうやめたい……」もし、あなたの会社でそのように感じている人が多いならば、この機会を好機と捉え、「脱・はんこ」に向けてカイゼンを進めるべき、まさにそのタイミングだと言えます。
それには、導入コスト、月々の運用コストにフォーカスするだけではなく、ぜひとも「長期的な費用対効果」とのバランスを互いに照らし合わせて検討してみてください。
例えば、学内手続きの押印廃止を宣言した国立大学法人の東北大学では“(引用)100以上の業務で押印が不要となり、年間約8万時間の作業時間の削減を見込む”としています。
同じく、紙の押印省略を宣言したサントリーでも年間約6万時間分の業務効率化を見込んでいます。
一企業にとって、年間で「6万時間」「8万時間」といった膨大な単位の時間が浮くと考えたら、見方も変わるのではないでしょうか?
例えば「8万時間」を日数に換算すると、約3333日、約9年という長い時間に相当します。
その間にいくつもの新規事業を立ち上げられる、或いは、既存事業に付加価値を生み出すことも大いに考えられるはずです。
社内のルーティンや既存の「当たり前」を変え、文化を変える一歩を踏み出すことは、「業務効率化」という一言では片づけられないほど、自社にとって長期的な高付加価値を生み出すことにもつながるのです。
参考・引用:東北大、学内手続きの押印廃止へ 年8万時間の作業削減|朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASN5X7WFFN5XUNHB004.html
この記事は主に「社内のペーパーレス化・脱はんこ」を論点に述べてきましたが、「この際なので社外もなるべくペーパーレス化したい、しかし、どこまで電子化してよいものかよく分からない」とお考えの方もいるのではないでしょうか。
主な社外文書としては「契約書」「見積書」「発注書」「請求書」「領収書」といったものが想定できます。
特に「契約書の電子化」「請求書など経理書類の電子化」については当メディア内の以下の記事でも詳しく述べていますので、こちらも参考にしてみてください。
参考:請求書の電子化、法的根拠や注意点も解説|Digital Workstyle College
https://digitalworkstylecollege.jp/news/electronic-invoice/
参考:経理業務のペーパーレス化を進めるポイント|Digital Workstyle College
https://digitalworkstylecollege.jp/column/accounting-paperless/
参考:電子契約の導入を検討する上で一番大切なことは何か?|Digital Workstyle College
https://digitalworkstylecollege.jp/column/points-to-consider-when-introducing-electronic-contracts/
ただし、法律の定めによって電子化したくても認められていない社外文書もありますので注意が必要です。[図5]は、それを一覧にまとめたものです。
上記のように、法律によって「書面」が必須と規定されている契約については、これまで通り紙の契約書を作成し、押印することが必須です。
あるいは、電子化する前に相手方の「承諾」や「希望」を得ることが必要なものもあります。
社外取引の電子化を考える際には、例えば不動産業、派遣業、建設業など自社の業務に該当する根拠法をよく知っておくことが必須です。
参考:リモートワークを阻害する紙・印鑑文化からの脱却|日本総研
https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=36281
参考:【図解】なぜハンコが必要なの?電子契約の仕組みと始め方も|Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/byline/rickmasuzawa/20200420-00174214/
社内決裁の「ペーパーレス・脱はんこ」には、
・グループウェアやワークフローシステムの導入
・電子署名の導入
・電子印鑑(デジタル印鑑)の導入
といった複数の手段があることや、そのメリット・デメリットを詳しく見てきました。
「6割以上が押印のためにやむなく出社!『脱・はんこ』ケーススタディ」で東北大学やサントリー、GMOの「ペーパーレス化宣言」の事例を述べましたが、社内決裁の電子化に踏み切るかどうかは、今や手段も複数あるため、詰まるところ「社内の意思決定」の問題とも言えるのではないでしょうか。導入・運用にはある程度コストはかかりますが、長期的な費用対効果の面と併せて考えても、もはや「ペーパーレス化・脱はんこ」はどの会社にとっても無視できない重要課題です。
ただし、社外取引の電子化については、根拠法との関係でまだまだ踏み切ることが許されない領域もあるので、特に企業のリーガル担当者は、昨今急速に移り変わっている「電子化」「ペーパーレス化」のトピックを引き続きウォッチしていく必要性がありそうです。