民事裁判手続きのIT化について解説

 民事裁判手続のIT化の議論は1990年代から行われており、1996年に改正された民事訴訟法によって電話会議やテレビ会議の活用が開始されていますが、その後、大きな進展は見られませんでした。2017年6月9日の閣議決定された「未来投資戦略2017」を受けて、同年10月、内閣官房の下に「裁判手続等のIT化検討会」(以下、検討会といいます。)が発足し、民事裁判手続のIT化に向けた動きが早まり、2020年2月から、東京地裁を含む一部の裁判所において、「ウェブ会議等を活用した争点整理」の運用が開始されることになりました。本稿では、民事裁判手続のIT化について解説していきます。

1.民事裁判手続のIT化とは

そもそも、民事裁判手続のIT化とはなんでしょうか。民事裁判手続のIT化について、検討会が作成した「裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ―「3つのe」の実現に向けて―」には、「e提出(e-Filing)」、「e事件管理(e-Case Management)」、「e法廷(e-Court)」が主な内容として取り上げられております。

「e提出」とは、従前、訴状、答弁書、準備書面、委任状、書証等の裁判所類を、裁判所へ持参または郵送するという取扱いをしていたところ、24時間365日利用可能な電子情報でオンライン提出を可能とすることをいいます。

「e事件管理」とは、裁判所が管理する事件記録(訴状、答弁書、準備書面、証拠等)や事件情報について、訴訟当事者本人及び訴訟代理人の双方が、随時かつ容易に、オンラインでアクセスできるようにすることをいいます。

「e法廷」とは、裁判の期日において、当事者が裁判所に行かなければならない運用から、ウェブ会議、テレビ会議の導入・拡大及び争点整理段階におけるITツールの活用により、当事者が裁判所に行かなくても裁判の進行が可能なように裁判期日の運用を見直すことをいいます。

今後、これらのIT化のプロセスを3つのフェーズで実現しようとしています。

「フェーズ1」では、法改正を行わなくとも、現行の法律の下で、IT機器の整備、試行等の環境整備で実現可能なものとして「e法廷」を試行・運用することが挙げられています。上述した「ウェブ会議等を活用した争点整理」の運用もこれにあたります。

「フェーズ2」では、関係法令を改正することにより実現可能になるものとして、原告及び被告の双方が裁判所に行かなくても裁判の第1回期日や弁論準備手続期日等を運用できるようにすることが挙げられています。

「フェーズ3」では、関係法令の改正とともにシステム開発、本人訴訟の十分なサポート策や広報、周知等を行った上で、裁判に関する申立てをオンラインに移行するなどして「e提出」、「e事件管理」を含めた裁判手続のIT化を実現することが挙げられています。

以下、それぞれについて解説していきます。

2.「e法廷(e-Court)」について

裁判手続というと、映画やテレビドラマの法廷シーンを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。ウェブ会議等を活用した争点整理の運用が開始されていることと相まって、民事裁判手続のIT化というと、この「e法廷」が一番イメージしやすいかもしれません。

当事者が裁判所に行く必要がなくなることにより、移動にかかる時間や費用、労力が削減でき、次回期日を決めやすくなり、また、昨今の情勢で言えば、新型コロナウィルス対策にも極めて有効といえます。

現行の法制度では、民事訴訟を提起した場合、一回目の裁判期日は、被告の都合を確認することなく、原告と裁判所の調整により決められており、被告が出廷しなくても期日が開かれ、次回期日を決めることになります(ただし、被告は期日までに答弁書を裁判所に提出しておく必要はあります)。

二回目の期日以降は、裁判所と原告及び被告とで日程を調整することになりますが、多忙な当事者がいた場合、なかなか次の裁判期日が決まらないという事態も散見されます。ウェブ会議等の導入により、裁判所への移動時間がなくなることで、次回期日を決めやすくなり、解決までのスピードが加速することも期待できます。

なお、フェーズ1においては、Microsoft Teamsを使用したウェブ会議により争点整理を実施することが想定されています。

「e法廷」については、民事訴訟手続きにおける証人尋問等の人証調べのあり方や、裁判の公開原則に基づく裁判傍聴の在り方などについて、議論がなされているところです。

3.「e提出(e-Filing)」について

訴訟提起をするには訴状等の書類を裁判所に郵送または持参する必要があります。また、その他の書面についてもFAXでの提出が追加で認められているくらいですが、「e提出」により、書面の印刷やコピー、郵送等にかかる時間や労力、費用の削減が期待できます。

ただし、「e提出」のみに一本化した場合、IT環境が整っていない者に対する裁判を受ける権利の保証や、訴訟提起が容易になることにより、むやみやたらな訴訟提起がなされた場合の対応、セキュリティ等の対応について議論がなされているところです。

4.「e事件管理(e-Case Management)」とは

紙で保存、管理されている裁判記録を電子情報として保存することにより、裁判記録の閲覧・謄写の手続を容易にし、書面の受理の確認、書面の補正のやり取り、裁判の進行予定の調整や進行計画の確認、共有など裁判の予定や結果等の確認を行う仕組みも検討されています。

この点、このようなシステムを利用する能力に乏しい本人による訴訟のサポート体制や当事者以外の者による事件記録等のオンラインでの閲覧の可否などの対応について議論がなされているところです。

新たなビジネスの領域として裁判のIT化に伴うサポートに関心をもたれている企業の担当者もいるかもしれませんが、事業化の検討にあたっては、弁護士法72条で禁止されている、いわゆる非弁行為について注意する必要があります。

5.おわりに

本稿執筆時点で、民事裁判手続のIT化はフェーズ1の段階にあり、これからの発展が期待されているところです。原告となるか被告となるかにかかわらず、類型的に訴訟リスクの高い企業においては、裁判手続のIT化にあわせて裁判に関連する業務を社内で効率化する契機になるかもしれません。

民事裁判手続のIT化については、これから整備が進んでいくところですが、最新の情報等については、公開されている検討会の資料や、公益社団法人商事法務研究会の民事裁判手続等IT化研究会において、IT化に向けた法改正に関連する論点整理がされていますので、関心の高い方はこちらを確認してみてください。

参考:公益社団法人商事法務研究会 民事裁判手続等IT化研究会
https://www.shojihomu.or.jp/kenkyuu/saiban-it

参考:裁判手続等のIT化検討会
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/saiban/index.html

この記事を書いた人
一京綜合法律事務所代表弁護士 宮城大学事業構想学部事業計画学科卒業、明治大学法科大学院修了 2011年弁護士会登録(第二東京弁護士会) 主に企業に対し、事業フェーズにあわせて、組織経営、事業活動を進める中での法務、コンプライアンスを中心とした戦略的アドバイスを提供し、サポートしている。特にBtoB、BtoC問わず事業開始前の契約書等で双方間のリスクを最大限軽減させ、良好な関係構築が出来るように努めている。顧問先企業の事業成長を加速させることで、より良い世界への架け橋となるよう活動している。 著書に「民法改正対応 契約書式の実務」(共著、創耕舎、2019年)など。