正社員を業務委託契約に切り替える際の留意点

先日、㈱電通が、希望する正社員を雇用契約から業務委託契約に切り替え、個人事業主として働いてもらう制度を打ち出したことが話題になりました。

参考:電通、社員230人を個人事業主に 新規事業創出ねらう
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66103760R11C20A1916M00

さらに前には、㈱タニタが、同様に、希望する正社員を雇用契約から業務委託契約に切り替えて、個人事業主として働いてもらう取り組みを開始しています。

参考:「あえて退社」タニタの選択 社員を個人事業主に
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57642060T00C20A4FFV000

企業に対して、従業員に70歳までの就業機会を確保する努力義務を課す、いわゆる70歳定年制(2021年4月施行)においても、企業が取るべき選択肢の一つとして、「70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入」が挙げられておりますので、これまで雇用していた従業員を業務委託契約に切り替えるという動きは、定年後の雇用施策としても今後増えていくかもしれません。

このような動きは、働き方改革の流れの中、企業と働き手の新たな関係創出に向けた工夫の一つではありますが、業務委託契約への切り替えにあたって留意すべき点もあります。

本稿では、雇用契約と業務委託契約の違いや、その区別に関する判断基準等に触れた上で、正社員を雇用契約から業務委託契約へ切り替えるにあたって留意すべき点について解説します。

1.雇用契約と業務委託契約について

(1) 雇用契約と業務委託契約の違い

まず、雇用契約と業務委託契約の大きな違いとしては、労働関連法令の適用の有無や、雇用保険・健康保険・厚生年金保険・労災保険といった社会保険等の適用の有無が挙げられます。

雇用契約であれば、労働基準法等によって、労働時間の上限規制、最低賃金・割増賃金、全額払いや毎月一定期日払い等の賃金支払いに関する各種原則、休日・休暇、同一労働同一賃金等の各種保護がありますが、業務委託契約においては、そのような保護はありません。また、業務委託契約になると、労災保険による補償はなく、健康保険や年金についても、自ら手続や支払い等を行う必要があります。

全体として、業務委託契約の場合、雇用契約と比べて保護・保障の程度が弱いということができます。これは、業務委託契約となると、独立した個人事業主として、個人責任の程度が強くなることの表れといえます。

(2) 雇用契約と業務委託契約の区別に関する判断基準

労務や業務の提供を内容とする契約が、雇用契約と業務委託契約のいずれにあたるかは、締結した契約書の名称ではなく、その契約内容や就労状態の実態に照らして判断されます。基本的に、働き手が企業に使用従属している場合には、雇用契約にあたるという整理になり、より具体的には、

①仕事の依頼、業務従事に関する諾否の自由の有無

②業務遂行上の指揮監督の有無

③場所や時間に関する拘束性の有無

④代替性の有無

⑤報酬の労務対償性

等を踏まえて、使用従属性の有無を判断することになります。

実態が雇用契約であるにもかかわらず、企業側が業務委託契約として取り扱い、前記(1)のような各種保護の適用等を免れることは、違法となりますので、十分に注意してください。

2.正社員を雇用契約から業務委託契約へ切り替えるにあたって留意すべき点

雇用契約から業務委託契約へ切り替えるにあたって行う手続きとしては、基本的に、退職の手続き及び業務委託契約の締結、という2つに尽きます(なお、退職の形式は、法的には、雇用契約の合意解約とされることが多いと思われます。退職合意書等の書面を締結することが適当でしょう。)。

もっとも、その切り替えは安易に行ってはなりません。正社員を雇用契約から業務委託契約に切り替えるにあたっては、以下の4点に留意することが適当です。

(1) 十分な話し合いを行う

当たり前のことですが、働き手にとって、雇用契約と業務委託契約は、大きな違いがあります。働き手としての保護・保障の程度が異なることはもちろんですが、行う業務は契約で切り出された業務の範囲に限られること、自由度が高い反面自己責任の範囲が広いこと、といった、業務の行い方・進め方等の面でも様々な違いが存在します。

こういったことについて、事前に十分にイメージできるような話し合いを行っておき、また、必要に応じて不安を払しょくできるような契約内容とする(例えば、契約期間を一定程度長期間にする、一定量以上の業務を発注することとする、雇用契約時代の賃金がある程度維持される報酬水準とする等)ことが考えられます。企業主導で契約の切り替えを一方的に進め、働き手に思わぬ不利益を生じさせると、そもそも切り替え自体が(厳密には、合意退職が)無効であったと事後的に判断される可能性もあります。企業と働き手の双方にとってメリットのある仕組みとするために、まずは十分な話し合いを行っておくべきです。

(2) (元)上司によるマネジメント方法に留意する

業務委託契約への切り替え後も、雇用契約時代の上司とともに業務が継続される場合、当該上司が、つい雇用契約時代と同じように(自身の“部下”として)当該働き手へのマネジメントを行ってしまうことは、容易に想像がつきます。

しかしながら、業務遂行上の指揮監督の程度が雇用契約時代と変わらないということになると、当該働き手について企業(発注者)への使用従属性が認められてしまい、当該契約は実質的に雇用契約であると判断されることになりかねませんので、注意が必要です。

(3) 秘密保持・競業避止について検討する

雇用契約の場合、多くの会社では、就業規則等に明記して、従業員に秘密保持義務や競業避止義務を課していますし、いずれにしても、雇用契約上、従業員は当然に秘密保持義務や競業避止義務を負っていると考えられています。

これに対して、業務委託契約の場合には、当然に秘密保持義務や競業避止義務を負うということにはなりません(営業秘密については不正競争防止法上の保護が働く余地がありますが、限定的です。)。

したがって、業務委託契約に切り替える際には、秘密保持義務は契約書に明記すべきですし、競業避止義務については、負わせるべきかどうかを働き手とよく話し合った上で、契約書に明記するかどうかを検討するべきでしょう。

(4) 下請法の適用可能性を確認する

テクニカルな話にはなりますが、一定の業務委託契約を締結する場合、下請代金支払遅延等防止法(下請法)が適用されることがあります。実際に下請法の適用があるかについては、契約内容や企業規模等に照らして、個別に判断するしかないのですが、例えばプログラム開発企業が、消費者に販売するゲームソフトのプログラムの作成を個人に委託することは、下請法の適用対象になり得るとされています。

下請法の適用があると、企業(発注者)が働き手に対して一定の契約内容を記載した書面を交付すべき義務(下請法3条)や、報酬の支払日を成果物の受領後60日以内にしなければならない義務等が生じます(これらに違反した場合、行政指導を受けたり、罰則が適用されることもあり得ます。)。

個人事業主への発注に際して、下請法の適用に関する検討が失念されることは往々にしてありますので、注意が必要です。

参考記事:知らなかったでは済まされない!違反すると罰則ありの「下請法」とは?
https://digitalworkstylecollege.jp/explanation/shitaukeho/

3.まとめ

雇用契約から業務委託契約への切り替えは、安易に行われないように留意すべきですが、企業と働き手の双方にとってメリットのある働き方を実現できるのであれば、選択肢として排除されるべきではありません。

切り替えにあたっては、本稿記載の点にも注意しながら進めていただければ幸いです。

この記事を書いた人
2012年弁護士登録。2016年に経済産業省に任期付公務員として着任し、「働き方改革」等に関する政策立案に従事。労働法関連政策に加え、企業人事制度の変革、兼業副業やHRテクノロジーの普及促進等を担う。2018年10月より法律事務所に復帰し、企業法務、労働法務、スタートアップ支援、グレーゾーン解消制度支援等を手掛ける。2019年5月まで、経済産業省大臣官房臨時政策アドバイザー。著書に「HRテクノロジーで人事が変わる」(共著、労務行政)、「働き方改革関連法完全対応 就業規則等整備のポイント」(共著、新日本法規)等。