現代日本に「はんこ文化」が浸透している背景は?はんこの社会史を紐解く

2020年11月、河野太郎行政改革担当大臣が記者会見において「民から官への行政手続きにおいて認印はすべて廃止する。しかし、印鑑証明が必要なものは残す」という主旨を語りました。

「はんこ社会」と言われてきた日本ですが、今後は「はんこ廃止」に向けた具体的な動きが本格化していきそうです。

改めて、これほどまでに現代の日本社会に「はんこ文化」が浸透している理由とは何故なのでしょうか?

今回の記事ではビジネスパーソンに向けて、はんこというツールをめぐる、日本そして世界の歴史を紐解いていきます。

1.現代の日本において「はんこ」が持っている意味

現代の日本において、「はんこ」とは法律とも結びついているものです。

例えば、「刑法第百五十五条 公文書偽造等」の条文を見てみましょう。

(公文書偽造等)

第百五十五条 

行使の目的で、公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は、一年以上十年以下の懲役に処する。

刑法第百五十五条 公文書偽造等
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=140AC0000000045

はんこを偽造し、公文書を偽造すると「1年以上10年以下の懲役」という重い刑罰が課されるのです。

また、同じ「文書偽造罪」でも印章の有無によって、司法判断、量刑すら変わる場合も存在します。

それほどまでに、現代の日本社会において「はんこ」とは重い意味合いを持つものとして捉えられてきました。

実際のところ、一個人として、生活の中ではんこを使う場面を改めて思い浮かべてみましょう。「銀行や郵便局での口座開設」「保険の契約」「車の購入」「家の購入」「結婚」「離婚」「出生届」「出勤簿」「請求書」「領収書」「契約書」など、公私にわたる、あらゆるシーンにおいて「はんこ」が本人確認のためのツールとして使われていることが分かります。

しかしつい先日、本人確認として真正性が担保されない「認印」については、行政手続きにおいて廃止する、という方向性が行政改革担当相より打ち出されたところです。

それを踏まえると、今後、日本社会において「はんこ」が持つ意味とは、少しずつ変わっていくのではないかと考えられます。

2.世界におけるはんこの歴史・意義

「はんこ文化」とは、日本固有のものなのでしょうか?

実は、紀元前のメソポタミア文明でも、はんこに似たツールが存在していたと伝えられています。

石や貝殻や骨、粘土や金属などを素材として、そこに絵や文字を刻み、粘土や布などに捺印。これによって「自己所有物」の証としていた文化があったそうです。また、この「はんこ」自身が魔除けの意味も持ち、お守りのように捉えられていた側面もあったとも伝えられています。

また中国においても、今から4,000年も前の「夏」「殷」「周」の古代王朝時代から、はんこ文化が存在し、引き続き「秦」「漢」の時代にも盛んに活用されていたようです。「印肉」が発明された以後は、さらに利便性が向上しました。

3.日本におけるはんこの歴史・意義

それでは、日本においては一体いつ頃から「はんこ」が使われ始めたのでしょうか?

(1)「漢委奴国王」の金印が持つ意味合い

歴史好きの人ならば、日本における古い印章といえば福岡の志賀島で発見された「漢委奴国王」の金印を思い浮かべるかもしれません。

また、中国の歴史書「魏志」においても、「親魏倭王」印(西暦240年)の記載があると言われています。

これらの史料から、大和王権成立以前から既に印章が存在していたことが伺えます。しかしこの当時の印章とは、王位の地位・権威の象徴を目的とした「宝物」のような意義を持っていたようです。

(2)実質的な行政印は、大宝律令以降

実質的な「行政印」としての「はんこ文化」が始まったのは、律令制の導入以降です。

西暦701年に発布・施行された「大宝律令」の中に、「印制 新印様を頒布す」という具体的な記述が存在し、その後いわゆる「官印」が実用化されたと言われています。

「天皇御璽(てんのうぎょじ、天皇が公式に用いる印章)」の鍛造をはじめ、政府印である「太政官印」「諸司印」の鍛造、また西暦704年には、鍛冶司に命令して「諸国印」を造らせた、という記録が残っています。これらの印は律令により、寸法・使途について厳格に規定されていました。

これらの「令制印」の他にも、「郡」「郷」「軍団」「国倉」「大社寺」印が使用されました。文書の真正性を証明し、保存のために朱肉を使って捺印し、運用が行われていたということです。

(3)「私印」も奈良時代後期から

個人的な「私印」の使用もまた、奈良時代後期頃から始まったと伝えられています。ただし、使用できたのは政府高官の中でも位の高い「公卿(くぎょう)」のみ。

一般庶民はこの頃まだ、「はんこ」に縁がなく、結婚や金銭の借り入れなどの際には「自署」あるいは「画指(かくし=自分の人指しを使い、長さ、関節の位置などを点で示したもの)」を使っていたそうです。

(4)「はんこ文化」が一時衰退した時代もあった

なお、「官印」の使用は律令制の衰退に伴ってだんだんと減っていき、無印の公文書が増えた時代もありました。平安時代以降には「花押(署名代わりに使用される符号・記号)」の習慣が広がっていきました。

(5)戦国時代に「はんこ文化」は再度復興、そして江戸期には庶民にまで浸透、明治維新以降に爆発的に需要が高まる

後に、地方政権が群雄割拠する戦国時代には、領地外との通信や取引が増えていきました。そのため、簡便性の高い「はんこ」が再び諸国大名たちに多用されるようになりました。北条氏、武田信玄、上杉謙信、織田信長、徳川家康なども自分の「印」を持っていたことがよく知られています。

このように、時代とともにある程度、盛んになったり、衰退したりもしてきた「はんこ文化」。

江戸幕府以降、商工業がさらに発展・安定した時代には、庶民の間にも一気に広がり、ますますの隆盛を見せます。

商工業の発展と共に、権利義務関係を証する文書に「はんこ」を押すのが通例とされました。

三代将軍・徳川家光の時代、寛永期(西暦1624年〜1643年)には、名主・庄屋クラスの農民も皆「はんこ」を持っていたと言われています。

この流れは明治維新後にも受け継がれ、維新によって一般庶民の誰もが「苗字」を名乗ることが許されました。これをきっかけに、「はんこ」の需要は爆発的に高まったのです。

4.はんこというテクノロジーが日本社会に浸透した理由とは?

江戸時代までは農商工取引とは「一定のコミュニティに閉じた、ムラ社会」で展開されるものでした。これは、取引相手の素性がお互いに分かっている、本人の同一性が「自明のもの」であることが前提となっています。

しかし、明治維新後の急速な近代化・都市化で、相手が何者なのか素性が分からない人とも「信用取引」を展開する場面がどんどん増えていきました。

そこで、「信用取引(本人認証・意思表示)」を円滑・簡便にする際に「はんこ」というツールが浸透し、広く受け入れられ、定着していったと考えることができます。

これには、以下の3つの背景も影響を及ぼしていると言えます。

(1)「はんこ」文化そのものが、既に江戸時代までの期間に、行政から庶民にまでも浸透していた

(2)明治維新で、庶民の誰もが「苗字」を名乗るようになった

(3)明治6年の「太政官布告」において、人民相互の証書書面には「自署(サイン、花押や爪印も含む)」よりも「実印」を使うべし、といった旨が定められた

実際のところ、明治維新後の時代にも

●日清・日露戦争時の、軍人の給与受け取りの場面

●旧来の農民が「勤め人」となった場合の「出勤簿」への押印

といった事例に見られるように、現代社会にも通じる「はんこ」の使途が固まり、そのまま後世にまで受け継がれていったと考えられるのです。

参考:研究ノート はんこの社会史に向けてー日本的「信用」の現象形態|高沢淳夫
https://www.jstage.jst.go.jp/article/soshioroji/38/2/38_53/_pdf/-char/ja

印章教科書|公益財団法人 全日本印章業協会
http://www.tetras.uitec.ac.jp/files/news/2016/concours/kaicho_3.pdf

5.はんこの代替ツールは「eシール」となるか?

近代以降の日本社会においては、本人認証・意思表示を簡便かつ円滑にするためのツールとして「はんこ文化」が受け入れられ、社会に広く浸透・定着したと述べてきました。

しかし直近で、行革相は「認印は、本人確認にはならないので廃止する」という見解を明言しています。

グローバル化・高度に複雑化する現代社会において本人認証・意思表示を簡便・円滑にする代替ツールとして、具体的にはエストニアなどで既に導入されている「eシール」などが挙げられるでしょう。

総務省では、日本における「eシール」の活用についても議論・検討を始めています。

「脱はんこ」、その先にはどんなテクノロジーが導入されるのか、今後の国の動きに引き続き注目です。

▼[関連記事]
脱・はんこ文化。「eシール」国が検討開始
https://digitalworkstylecollege.jp/news/electronic-seal/

Digital Workstyle College 編集部
この記事を書いた人