ペーパーレス化、脱ハンコ、働き方改革などにより、電子契約や電子署名サービスを導入検討または導入する企業は増加傾向にあります。そうした社会の動向を受けて、国も押印に関するQ&Aや法令の解釈のリリース、押印業務をなくす改革を実施しています。一方で、電子契約や電子署名サービスについて、ユーザー側はどれほど理解しているのでしょうか。
『NINJA SIGN 1st Anniversary Conference』で2番めに登壇されたのが、AZX総合法律事務所でパートナー弁護士をされている石田学さんです。創業初期からIPO直前までの幅広いステージの企業、スタートアップやベンチャーキャピタルを主なクライアントとし、スタートアップ側、ベンチャーキャピタル側双方の立場からリーガルアドバイスを提供されております。電子契約に関わる法令の捉え方を、弁護士視点で解説されました。
石田 学 氏
AZX総合法律事務所 パートナー弁護士
株式会社日本貿易保険(NEXI)に組織内弁護士第1号として入社。
NEXIから経済産業省に出向し、NEXIの組織法である貿易保険法改正に従事。
NEXI退社後、企業法務系法律事務所を経て、AZX総合法律事務所に参画。
創業初期からIPO直前までの幅広いステージの企業を主なクライアントとしており、スタートアップ側・VC側双方の立場からリーガルアドバイスを提供。
中野さん:2020年働き方が大きく変わってきました。その中でハンコ出社っていうものが、メディアでも凄く取り上げられました。弁護士の立場から電子契約の問い合わせは実際に増えたんでしょうか。
石田弁護士:増えていますが、電子契約って何ですかみたいな、ざっくりとしたご相談をいただくことが正直多いです。で僕のお客さんはスタートアップが多いんですけど、スタートアップはリモートワークの普及が特に早くて。出社しないからこそ紙ベースの契約書作成をできるだけ抑えて電子契約で済ませたいっていうニーズは、非常に高くなってきています。
中野さん:電子契約っていうものを捉えるにあたって電子署名という考え方、電子署名法について、簡単に解説いただいてもいいでしょうか。
石田弁護士:電子署名法の目的って、電子的記録の真正な成立の推定と特定認証の業務に関する認定ですね。電磁的記録の真正な成立の推定、つまりユーザー自身の意思に基づいて電子署名がされたかがユーザー目線では非常に重要になってくるので、そこに注目しておけば間違いないかなと思います。
中野さん:真正な成立っていうところで、1条しか条文がないんですけども、解釈的には難しいですよね。
石田弁護士:法律っていうのは抽象的に書くことで、ある程度柔軟に解釈できると思います。一方で、明確にならないところはわりに悪い点でもあるので、その中でどこまで解釈できるかっていう考え方になるんじゃないかなと思います。
石田弁護士:電子署名の形式は非常にざっくりですが、当事者署名型(リモート署名)と立会人型(事業者署名型)に分けられます。当事者署名型は、契約当事者がそれぞれ電子署名を行います。認証局から電子証明書をもらうので、コストは結構かかります。
対して立会人型(事業者署名型)は、例えば契約当事者のAさんとBさんがいるとすると、AさんBさん、それぞれの指示に基づいて署名を行います。各当事者が自ら電子署名を取る手続きはなくなるので、だいぶ負担が減るかなというところです。
中野さん:当事者署名型(リモート署名)の図で言うと、署名鍵を双方が受け取らないといけないので、そこがちょっと大変ですよね。事業者署名型だと、電子契約サービスの事業者が署名をする形になるので……。でそもそも法的に有効なのか?、大丈夫なのっていうところが、ユーザーさんの一番の懸念点だと思います。
石田弁護士:法的に有効であることは、電子署名が証拠として出されたときに証拠能力が認められることと同じなので、電子署名の定義が含まれる電子署名法2条と3条がとても重要です。
上記の図にある広義の電子署名というのは、人によって結構イメージがあるよねっていうところです。そこから中心に向かっていくつも円が描かれていきますが、2条1項に定義された電子署名、さらにその中で円の深い青色に証拠力が認められる形式をとった電子署名に認められる3条があります。だから3条に該当するかは、ユーザーとしては非常に重要になってきます。
中野さん:本人性と非改ざん性、固有性はツールを選ぶ上で凄く重要な点だと思うんですけど、法解釈においてどういうふうに捉えたらいいでしょうか。
石田弁護士:本人性の要件でいうと、法律には「当該情報が当該措置を行ったものの作成にかかるものであることを示すためのものであること」と書かれていますが、だからといって、本人確認をここまでしなさいというものが求められているわけではありません。で2つ目の非改ざん性も、特定の技術がないと認められませんよとまでは言ってない。固有性はもうまさに電子署名法3条の、ズバリ真正な成立の推定にかかわるところです。
基本的に契約は署名者本人しか行えないので、3条はセキュリティー的な側面が非常に強く出ている要件ではないかなと思います。
石田弁護士:電子署名法2条1項に関するQ&Aは令和2年の7月、3条に関するQ&Aは9月に、総務省・法務省・経済産業省の連名で出されました。それによると、当事者署名型は基本的には当事者自らが基本的に行うものなので、2条3条の要件をクリアする可能性が高いと思うんですけど、問題となっているのはNINJA SIGNのような立会人型(事業者署名型)です。
まず2条1項に関するQ&A、技術的・機能的に見てサービス提供者の意思が介在する余地がなく、電子契約が利用者の意思を受けて、機械的に暗号化されたものであることが担保されていれば、当該措置を行った者は電子契約サービスの事業者ではなく利用者となっています。
で3条に関するQ&A、例えば単純にIDパスワードを入力して終了ではなくて、携帯電話に飛んだSMSに書かれている番号を入力すれば認証されるといった仕様であれば、固有性は担保されてるんじゃないかと思います。
中野さん:紙の場合の押印のプロセスでは、社長自らハンコを押すケースは、実は少ないと思ってるんですね。そこと電子契約でいう本人性の認識はずれてこないのかなと。そのあたりはどうお考えですか。
石田弁護士:おっしゃる通り、社長の判断が一応仰がれて、社長の意思の下に別の方が物理的に押すケースが多いと思います。ただ、社長印を管理する方が勝手に押した可能性もあるので、社長の意思に基づいているかは、必ずしもそうではないと思っています。
中野さん:紙と電子契約とで比較したときに、証拠力は実際どっちが強いんでしょうか。
石田弁護士:もともと民事訴訟法の、いわゆる証拠の推定は、紙をベースにしています。例えば社長が管理されてる押印されるハンコ、実印がちゃんと社長本人のものだと証明できれば、その契約書に押されてるハンコも基本的に社長本人の意思に基づいて押されたんじゃないかと。そういう推定が働くと、書面自体もその人が自らの意思に基づいて作ったんじゃないかという推定がさらにもう1個働く、2段の推定というのがあって、基本的に紙の書面でしか通用しないとされています。
電子署名がホントに本人性を確認できるのであれば、電子署名がなされた電子契約には、その人の意思に基づいてつくられたんじゃないかっていう推定が働きます。法解釈はこれからどんどん進んでいくでしょうし、万が一紛争になったら、多分裁判所の判断も出るので、そこの解釈の展開が待たれるところですね。
中野さん:電子契約に関する訴訟は、実際に今起きてるんですか。
石田弁護士:公開されている案件では少し出ていますけど、裁判例としてはまだそんなにないですね。
中野さん:電子契約を導入するとき、まずはどの契約書を電子化できるか、そのツールがちゃんと法令遵守されてるのかっていうところが大事になると。
石田弁護士:そうですね。まずはどの契約がホントに重要かを見極めて、どこまで電子契約サービスを使うかを考えることが必要じゃないかなと思います。電子署名法は2001年に施行された法律ですが、それよりももっと以前から立法に向けて動いていました。なので20年経った今、国が解釈を新たに出す機会がかなり多くなってきています。そこをどう詰めていくかが、今後重要になってくると思います。
中野さん:どの契約書を電子化できるかというところで、秘密保持契約や業務委託契約といったものは電子化するのにいいんじゃないかなっていうイメージはあるんですけども、悩まれる企業様もいると思うので、例示を挙げていただきたいです。
石田弁護士:少し違うかもしれないですけども、金額面で仮に紛争化しても、あまり問題とならない部分に導入するのも手だと思います。あとはそんなに重要なものじゃないものや取引基本契約といった定型的なものも電子署名にするのが、考え方としてはあるかなと思います。
「紙と印鑑による契約業務は時間がかかる」「印紙や郵送などコストがかかりすぎる」「契約承認フローを可視化したい」といったといった課題はありませんか?